中野島の地名の由来

中野島駅近くの酒屋さん「フジヤ」さんの隣にある駐車場の一角に、
こんな立て看板があるのをご存知ですか??


(わたしは最近知りましたけど


その看板には「中野島の地名の由来」がこのように書かれています。

昔の中の島は、多摩川の中の小さな島でした。
今から四百年前、多摩川の大洪水で流れが変わりもとの二倍ほどになりました。
下布田(調布市)に住んでいた万蔵が広くなった中野島の野原を切り開き、
田畑を作り始め、稲はよく育ち、いい米が取れ、くらしが楽になりました。
ところが、盗賊にねらわれることが多くなり、
前の住まいの下布田(調布市)に、引き上げました。
ある年、古谷祐右衛門という人が一族と移り住み、新しい田が増えました。
その後、万蔵たちももどり古谷家と協力して切り開きました。
1590年(天正18年)8月25日、多摩川が大洪水となり流れが変わり
布田とはなされ南に広い土地ができ、
その土地をたがやし田畑を作り、村の形になりました。
後に「万蔵村」とよばれ子孫は「田村」姓になりました。
土地のいわれは流れの間の中の島だからといわれますが、
古谷家がもと「中嶋」姓だったからともいわれます。


(丸写しですみません

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実際には中野島の地名の由来には諸説あるそうですが、
「多摩川の中の島だった」というのは、やはり有力な説らしいですね
 (´I`。(- ェ -。(´I`。(- ェ -。)ウンウン

(わたしも小学生の時にそう習いました


*ちなみにウィキペディアには、
 「地名の由来はもともと多摩川の中洲があった為。
 もともと多摩川の川中にある島のような地形から、武蔵国多摩郡の中島新田と名付けられ、
 その後多摩郡中野島村、橘樹郡中野島村から稲田村→稲田町大字中野島を経て
 1938年に川崎市へ合併した。」

 と書かれています (・0・。) ほほーっ


かつては稲田という地名が付いていたように稲作が盛んだったとは思えないほど、
今では閑静な住宅地になっしまった中野島には、
めっきりと田んぼは少なくなってしまいました

(わたしが子供の頃には田んぼはまだたくさんありましたけど


しかし
中野島は今でも多摩川梨の名産地として、
甘くてみずみずしい多摩川梨の栽培が行われています。

(多摩川梨も栽培面積は年々減少していますが

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そんな中野島では、
明後日7月23日土曜日に「第10回中野島音楽祭」が開催されます


すでに当ブログでも何度もお知らせしているので詳しくは触れませんが
今年もたくさんのミュージシャンや出演者たちが中野島を盛り上げてくれるかと思います

せっかくですから、たくさんの人々に楽しんで頂けたらと思います
(゚ω゚*)(゚ω゚*)(゚ω☆)(。_★)うんうん♪

中野島音楽祭の詳細はこちらをどうぞ → http://www.nakanosima.com/music/

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