中野島の渡し

多摩川サイクリングロードを走っているので、
中野島の渡しの標識があるのは知っていましたが、、、

IMG_4812.jpg


そこから多摩川沿線道路を渡って細い道に入ると、
マンションの植え込みにこの説明書きの看板があるのを知ったのは、
つい先日のことでした


IMG_4810.jpg


その看板によると、、、

多摩川の渡船「中野島の渡し」は明治18年、中野島村と対岸の下布田駅・
国領駅・上ヶ給村の四ヶ村共同で開設されました。
地元四ヶ村の人は無料でした。
中野島や生田の人々が甲州街道を通って東京方面へ肥引き(下肥の運搬)に行ったり、
梨や野菜を出荷するために、この渡しは頻繁に利用されました。
また、毎月25日の調布・布田天神のボロ市でも多くの人がこの渡しを使いました。
大正初期には中野島の地域持ちとなり、その後、
地元船頭が6人で中野島地域から請け負う形に変わりました。
船は大型の「馬船」と小型「伝馬船」の2そうがありました。
生田方面から渡船場に向かう道は「上の渡船場道」(中野島駅前通りから右折)と、
「下の渡船場道」(観音寺前から元中央通り商店街)があり、中野島の南北を通っていました。
道標も残っています。
多摩川の川筋は出水のたびに変わるため、
渡船場の位置も二つの渡船場の間を毎年のように移動していました。
やがて自転車の普及等で利用が減り、昭和13年頃廃止されました。


とのことです。 

丸写しですみませんが。。。


ちなみに、ニヶ領せせらぎ館のサイトには、
「昭和10年(1935)、多摩川原橋の開通で廃止された。」
と書かれていますね。


中野島の歴史にちなんだこのような看板は、
中野島の駅近くと当店「カットハウス897(YAGUCHI)」の目の前にもありますが、
もしかしたら他にも何ヶ所かあるのかな?

今度ゆっくりと探索してみよう


それにしても、、、

この看板がある場所は、かなり分かりにくい場所だよなぁ。。。

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