西洋理髪発祥之地の記念碑「ザンギリ」

今週の火曜日に山下公園近くの横浜産貿ホール(マリネリア)で開催された、
神奈川県理容器具商組合主催の理美容器具専門展示販売会トリート19に行き、
せっかくなのでブラブラと山下公園を散歩して、
理容師なので、西洋理髪発祥之地の記念碑「ザンギリ」にも立ち寄りました。
というお話をしました。


西洋理髪発祥之地の記念碑「ザンギリ」は、
日本人初の西洋理髪店が横浜で創業されたを記念して、
平成元年に神奈川県理容環境衛生同業組合により建立されました。


高さ約2mの巨大な御影石を、
ザンギリ頭と称された当時の髪型をした男性の顔に彫り上げた白い石像です。

どことなくイースター島のモアイ像をオマージュさせるのは、
まぁ黙っておきましょう(笑)。

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1859年に開港した横浜には、外国人が永住し、
会社やお店を構えて貿易や商売をすることができる外国人居留地が設けられました。

居留地で仕事や生活を営んだ外国人たちは、
慣れ親しんでいる自国の文化を数多く横浜に持ち込み、
それを好奇心旺盛な人々が、自分たちの暮らしに欧米文化を積極的に取り入れました。

そのため、横浜には日本で初の発祥となったものが多く、
西洋理髪もその一つであります


江戸時代には男性はちょんまげか総髪、女性は日本髪が一般的であり、
どちらも長く伸ばした髪を結うスタイルであり、
それまでの理美容店は髪の毛を切る場所ではなく髪結い床でありました。


しかし、当時はちょんまげを結っていた日本人の結髪師たちの中から、
日本人の間で西洋風のヘアスタイルが広まることを見越して、
横浜港に停泊していた外国船船内の西洋理髪師から、
ハサミの使い方などを教わって理容技術を習得する者が現れました。

そして、外国船で西洋理髪の技術を身につけた小倉虎吉が、
1869年(明治2年)に外国人居留地(山下居留地)148番に、
日本人で初の西洋理髪店を開いたと言われています。



それを記念したのが西洋理髪発祥之地の記念碑「ザンギリ」なのです


ちなみに、、、

日本初の西洋理髪店は、日本人ではなくヨーロッパ人理容師ファーガスンが、
1864年(元治元年)に外国人居留地(山下居留地)70番に建てられた日本初のホテル「横浜ホテル」内にオープンしたのだそうです。



1871年(明治4年)には断髪令が出され、髪型の洋風化の後押しがされて、
「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。」
という言葉も生まれたように、
西洋人風のヘアースタイルは「ザンギリ(散切り)頭」と呼ばれて、
文明開化の象徴の一つにもなりました。


つまり
われわれ理容師にとっては、
西洋理髪発祥の地である横浜が聖地ってことになるんですね ( *゚д゚)( *。_。)ウンウン

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