多摩川決壊の碑

だいぶ寒さが和らいできたので、
毎朝の早朝ランニングもかなり楽になってきました
わたくしは寒いのは苦手なので、
走れば暖かくなるとは言ったって、最初から暖かい方が全然良いです(笑)。


今朝は多摩川サイクリングロードを多摩水道橋を渡って、
狛江市側に向かって走りました ε=ε=ε=┌(o゚ェ゚)┘


多摩水道橋を渡って狛江市に入り、少し下流に下って行くと、
河川敷にモニュメントがあります。
このモニュメントは「多摩川決壊の碑」と言って、多摩川水害の教訓を後世に残すために、
災害現場の左岸河川敷に建立されたものです。


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昭和49年(1974年)9月、台風16号の洪水により多摩川が氾濫し、
堤防が決壊して、東京都狛江市の民家19棟が流失するという大水害が発生しました。
「多摩川水害(狛江水害)」と呼ばれる昭和の大水害です。

首都圏の住宅地で、しかも大河川・多摩川の本堤防が決壊し、
濁流に住宅が次々と呑み込まれていく。
そんなシーンがテレビで全国放送され、日本全体に大きな衝撃を与えたそうです。

このショッキングな出来事は、後のテレビドラマ「岸辺のアルバム」の題材にもなり、
視聴者に改めて水害の怖さ、もどかしさを実感させたそうです。



当時まだ4歳だったわたくしは、この大水害のことはあまり記憶にありませんが、
今でも当時の様子を良く知るお客様方から、
この時のお話をお聞きすることがあります。

なにせ、中野島のほんの対岸で行った出来事でしたから。


青い三角錐(ピラミッド型)のモニュメントには金色に輝く銘板が埋め込まれてて、
堤防決壊時の写真とともに碑文があり、
当時の大洪水の様子、その後、被災住民が国の河川管理責任を問い直した経緯などが、
簡潔に記されています。

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「多摩川水害」は小堤防が決壊したことにより左岸側で迂回流が生じ、
堰の左岸取付部を洗掘したことによりさらに大きな迂回流が生じ、
より大きな被害となったということで、被害は堰によって起こったものとされ、
人災とされたそうです


大自然の恐怖もさることながら、想定できることをしっかりと対処できずに、
大きな被害を与えてしまったということに関しては、
8年前に起こった東日本大震災による福島第一原発の被害に相通じるのではないでしょうか?

約40年も経っているのに変わらない、われわれ人間の愚かさを痛感させられます


今では穏やかな流れの多摩川に、その昔恐ろしい出来事が起こっていたなんて、
当時のことを知らない世代の方々には信じられないことだと思います。

大自然の恐ろしさ、人間の愚かさを忘れることが無い様に、
多摩川河川敷にひっそりとたたずむこのモニュメントは、
そう教えてくれているんですねぇ ( ゚д゚) 。_。) ゚д゚) 。_。)ウンウン

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